人として親になるということ

ヒトリミ中高熟年見聞録

なんかね、生物として子供を作ることが成人、大人としての資格。と決めつけてはいけない。

 

確かに、子を持つということは大人として世間から認められる。それも結婚したうえで、という条件付きだけれどね。

子供を持つことで年月をかけて学ぶこともあるけれど、それを経験したからこそ思う大人の人間というのは、

 

たとえ、子を持つ機会を得られなかった人生だけれども、欲しいと思い続けた人だからこそ、その思いから抜け出し得た格のようなものを持つ人としての尊厳が加わっているように思うんだよな。

 

女は出産することで親としての確信をすぐに得るであろうが、男はその経験はどんなに臨んだとしてもできない。

もし妊娠でできにくい女性がずっと「欲しい欲しい」と思い続けることで母としての準備も覚悟もすでに出来て完成していくのかもしれないし、そのスピードは女性がすでに持っている母性本能からも、男性よりもずっと早いのではないか?

と思っている。

 

男は赤ちゃんの成長スピードと同じく子供とともに親として成長していくような気がする。

だから男はいつまでたっても子供、と言われるのかもしれない。

 

ふと思ったのだ。

そうそう、それが不足している分、男性には《情》という感情より強くが備わっている。

と思う

 

 

ではまた。

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