50~60代やもめの出会いと伴侶 死別後の再婚はいつなら良いのサ?

相方、伴侶

未亡人、やもめ、寡婦、寡夫と呼ばれる、大切な配偶者との死別を体験した人々。

幸いにもどこかの誰かと出会えて再婚を考えるようになりました。

 

 

では、その再婚が世間様に受け入れられ、認められ歓迎されるのは死別後に何年たったら良いのしょう? 

おそらくほとんどの人が一度は考えること。

 

「いつなの?1周忌? 3回忌? 7回忌? いつまで待てば良いのさ

世間体というのもあるし…
できることなら再婚後のためにも、世間様にもちゃんと認められた再婚をしたいの!!!
 

男やもめでも女性の未亡人にしても一度は頭に浮かぶ疑問です。

その答を考えてみます。

 

 

死が二人を分かつまで・・・と一緒になった伴侶を亡くし遺された配偶者がもしもう一度誰かと幸せをめざしたとしたら、許されるのは死に分かれてから何年後なのでしょう?

 

 

特に気になるのが周りの目、世間様の目がどう見るか? でしょうね。

そう考えますと、死別後、何年経ったら世間的にも堂々と再婚できるの?

筆者Moaiが考えた結論としては、

 

3年、三回忌が終わってから、

だと思うのです。

 

 

死別のやもめだって再婚したっていいじゃないですか。
ヒトリミドルシニア・ちゃんと恋愛してから再婚考
もういい歳だからこそ50代,60代は、まずは出会えてお付き合いしてみて、自分にとって良き伴侶か初めて見えるの。ようく考えて正直に語りたいブログ

だから独り者専門に作りました。

 

 

 

では、その理由を書いていきます。

再婚は、相手がいないとできません。 (出会うべき人には出会うようにできている)

出会いです。

最初の出会いが悪かったのかもね。

、とあきらめて手放す方向に行くのかも知れません。

 

20代30代のころの筆者Mr_Moaiでしたら、もう猪突猛進だったかもしれません。

「おりゃぁ、この人に惚れ込んでいる」ってね。

その時の相手が亡き妻です。

 

 

でも、お相手がそれを望んでいるのなら、安全に暮らせる場所を探していて、それがたまたま私の翼の下だったのならなんとか実現させてやれんだろうか? と考えます。

先の結論をもう一度言っちゃいますね。 死別のやもめがその後、再婚するなら何年後が良いのか?

 

それこそ故人の思い出、しばらくは心の整理、片づけをしつつ喪った悲しみと痛みに耐えながら抱えながら生きていくものですからそれなりの年数が必要なのです。

 

結論を申しますと、筆者の体験からですが、最短で3年ではないでしょうか?

 

最初から再婚を目指すやもめっていないかもしれません。

 

多々事情があるのですから決まっているわけではありません。

 

筆者の場合は7回忌が終わったとたんでしたよ。

 

 

ここまで男やもめの独り身生活に慣れてしまうといまさら再婚は・・・ってこともありますし、未亡人ならば、お子さんがいて子連れ再婚を目指すのはもともと難しいと考えがちかと思います。絶対ではないですし実際に上手に余生を楽しんでいる元未亡人だっていらっしゃいますよ。

 

要は最後はご本人次第なのでしょうし、周りの「世間」という枠に入るであろう、親戚や知人の人たちが祝福してくれることが最低限の条件。

 

筆者≪死別やもめのMoai≫は個人的には世間的にも3年、3回忌が終わったら良いのでは? と考えておりまして、ここではどうして3年なのかを考えていきましょう。

 

メルヘンかも知れないけれど、どうやらあっても良いのでは?

個人の体験談ですが、まだ40代の頃に死に別れたときは、1年過ぎた時にお世話好きの人が「いい人いるんだけど」と話を持ってきてもくれましたけれど、その時には正直を言いますと、怒りがわいたのです。

 

まったく受け付けませんでした。それこそまだ彼女の影を探して、まだその辺に魂が漂っているのはないか?と姿を探し求めているときにそんな次の話をされても失礼としか思えませんでした。まだ1年たったばかりなのに・・・

 

ですから当然断りました。

 

1年は短すぎですね。

本人が、まだたくさんのことを整理できていません。

 

はっきり申し上げれば、彼女はまだ生きていて心のなかで会話しているのです。

 

 

捨てる遺品、取っておきたい遺品の分別もできていません。(なかなかする気にもなりません)

心の奥底にしまい込む思い出もチェックし終わっていません。

 

おそらく1年でデキる人もいるかも知れませんが、、、でも、世間の目と組み合わせて考えてみると、やっぱり1年は無理ですね。

 

 

あくまでも筆者Mr_Moaiの考えですが、私自身、1年どころか3年でもその気にならなかったですね。必死でしたからね、それこそ目が行きませんでした。

 

もしかしたらあの世とか神様、いるんじゃないかな? と思う今日このごろでありますが、出会う人というのは、その人にとって必要だ、と神様が判断したときに出会うのではないか? ってけっこうホントなんじゃないかな。

 

生きているうちに出会うべき人には出会うように、この世の中できているのかもです。

 

その人がその気になって動き始めたときに、目の前に登場してくるようになっているんじゃないか? って思うんです。

 

実際にそうでしたよ。

 

ゼクシィ縁結びエージェント

筆者Mr_Moaiのときもそうでしたよ、なにかこう・・・ムクムクってね(笑)

そうムクムク、ワクワクって、

そうなったら間髪入れずに行くのです!!!(きっぱり!)

 

 

でもね、ひとり暮らしの年月によっては、 再婚は、、、しばらくは、いいかな、っと…なりがち

独りになってから何年も過ごしていますと、ましてや子供がいたら、そっちの方ばかり忙しくしているうちに「光陰矢の如し」の教えも虚しくものすごいスピードで流れていきます。1年2年なんて「あっ」という間です。

 

そのうちたぶん老化からの時間感覚鈍化も相まって「あらそろそろお墓の準備もしなくてはいけなくなるかも・・・って意外とそういうやもめさん、多いのでは? ないかなぁ。

 

異性に対してそれほど興味関心がなくなって・・・老化? 老成? 枯れ木?

 

どうしようもなく目を皿のようにして血走らせて…

探した時もあったです。

認めます、はい。

何年経ったころでしたでしょうか? 本当にマジで欲しくて…恥ずかしながら。(話し相手ですからね)

 

当時、そんな私を見捨てずにしばらくは、お付き合いいただいた方々に感謝しております。

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やもめと離婚との大きな違いを一つ

やもめの最大の特徴、手に入れるモノ、手に入ってしまったモノ。

 

大切だった人を、喪うことで初めてかけがえのない人だったことを知ることになるのがやもめでしょ。

だから立ち直りに時間がかかるのですよ。後悔とか罪悪感とか時には厭世観とか、そういう感情をひとつひとつ心のなかで納得し昇華させていくプロセスが必要なのですから、離婚とは大きく違うのです。

やもめの方が偉いとか言っているわけではありませんよ勘違いしないでくださいね。

知らなくても一生過ごせる人がいるのに知ってしまった、ということです。

 

人間いつかは死ぬ。

 

ということを目の当たりに見て確信したわけですから(意外と知ってはいても確信にまでは至らない人もいらっしゃるのでは?)

ちょっとなぜそんなふうになるのかを考えてみましょう。

臆病なのか慎重なのか頑固なのか天の邪鬼なのかは、分からねど

配偶者との死別を実体験してしまった人は、異性に対して慎重な人はより慎重に臆病な人はより臆病になります。天の邪鬼と言っても良いかも知れません。

 

迷うのですね。

 

離婚の人は結婚に失敗した。と考えるでしょう? 

 

しかし死別の場合、もちょっと似たところがあってミスとか失敗とか言えないけれど「もしも・・・あの時に」そんな意識がずっと続きます。後悔と罪悪感です。

 

そこからの脱出には一定の時間やある考え方、納得のようなものが必要になってくる。当然、再婚どころか、また誰かと一緒に生きていくことに恐れを感じるのです。

 

ですから同胞で先輩(やもめ歴10数年)、筆者《やもめのMoai》としても少し援護してあげたいのです。

 

周りもなんやかやとうるさいけれど・・・

また同時にさきほど書いたように周りばっかりがうるさいので面倒くさくなって、ん~再婚までしなくても良いかな、昔なら恋人だけど、言葉がちょっと違うかもしれないけれど、「愛する人」という意味で愛人でいいかな。と考えるのです。

 

妻とか愛妻とかではなくていいや。もうちょっと軽い関係でいたい。

と思いがちになるのですな。

 

 

けっこうやもめにとって問題になるのが

「今度は私より長生きしてくれるだろうか?」

これ大きな要因になるんだと思うのです。

 

そしてもし自分が死ぬ時がきたらサラッと別れたいし、臨終のときにベッドのそばで手を取っていてくれたなら・・・それはそれでありがたいけれど、そのためだけに必要なのではなく・・・

そうできるように心の準備も物理的な準備もしておきたい。

 

逆もまた本音で、「また送らなきゃならないって・・・」もうねそういうの、怖いのです。

その怖さを払拭してくれるような、まぁ間違いなく自分より先に逝くことはまずない、と思えるような若さと生命力が溢れたような異性が目のまえに現れてくれたら考えてもいいぜ!! 

くらいに不遜で頑固なのであります。天の邪鬼といっても良いです。

 

そうなるとやはりお若いほうが良いかな、、、10歳くらいは・・・20歳でも、ってね。
(最近、加藤茶さんの気持ちが理解できる)

 

だって、また送るなんてこと嫌ですからね。今度は先に逝きたい、それが本音のところです。

そういう自分の希望をしっかり持っている人(やもめさん)だからこそ慎重になりがちです。

そういう確信が得られたとしたら、きっと早いです。猪突猛進かもしれない。(筆者)

で、そうなったら、あとは例えばどんなに資産があろうと全部遺産として差し上げます。自分がいなくなったあとにそれなりに暮らしていけるように考えるのですね。

そういうもんなのではないですか、読者やもめさん。

私はそう思うのです。

 

もちろん、故人への思いとか、そういった心に秘めたものも整理をつけておくことが前提ですが、そういった話は別のところでしていますのでここではしませんです。

 

「人間は生きていれば死ぬ」嫌というほど考えた、妻のこと、子供のこと

死別者というものは、死にたいして、敏感というよりもどちらかというと鈍感になる。特に病死で死別した場合、「人間は生きていれば死ぬ」とくに身近な人が亡くなっていく過程を、良いも悪いもなく看るだけでなすすべもなくその死を体験した分、たくさん考えましたよね。「人はいつかは死ぬもんだ」になるのですね。覚悟が決まっちゃうと言うか・・・

そうするとあまり怖くなくなるのです。

 

宗教に救いを求めるかたもいるし、もうさっさと忘れて思い出の箱にしまい込んでじゃぁ次にいくって自暴自棄になる人もいるかもしれないけれど、大抵の人は長い時間をかけてその時の思いを昇華させているのだと思います。

子供、私と故人の間に生まれてきてくれた子供には生きているうちに相続は済ましてしまうのです。実際にはまだなのですけれど、着々と進めるつもりです。なにしろ生きていればいつ死ぬかなんてわかりませんからね。病気ばかりではないわけで、出来るだけ早く済ましておきたい。

 

まずはやもめの気持ちと世間体。死別後何年たったら再婚していいのか?

そんなこんなで、ちょっと偏屈になるのかもしれませんし、結婚とか再婚とか考えることもしたくない。という場合があるのです。一周忌を過ぎたところで「あなたもまだ若いんだから云々」の言葉を忌避しますわ。(筆者はしましたわい)

まだ、あの衝撃から立ち直っていない精神状態で誰かと付き合おうなんていうのがそもそも間違いなんです。

生前から浮気、不倫でもしてたんだったらわかるけれど、たいていはそうじゃない。

寂しいのはわかる。ベッドの半分がずっと冷たいままだからね。わかるよ。

罪悪感を遺したままなのもわかるよ。心のどっかで「あいつが死んだのは自分のせい」って思ってんだろうね?

まぁ、その通りなんだけどね。あなたの責任もあるさ。

子供が大きくなるまでは・・・あるね。

それこそ、赤ちゃんのころだったらまだいいのだけど、子供が思春期だったりしたら、もうね。。。

 

改めてちょっと詳しく、やもめの再婚は死別後3年でなんとか最初の区切り

1周忌、3周忌、7回忌って順番ありますよね、細かく説明はしませんけど。

こう考えます。

  • 1周忌:喪に服した期間として社会的に復帰する一つの区切り。
  • 3回忌:家族としても故人を思い出の引き出しにちょっと無理矢理にでも、しまい込んで新たな時間の流れに乗るための区切り。
  • 7回忌:その時に心の残った罪悪感や後悔の念も全てを洗い流して新たに生きなさい。「たぶん、お前もそろそろ傷も、傷まなくなってきたんじゃねえかよ?」と仏様が・・・

 

そんなふうに自分の軌跡を考えますとこのような流れだったように思いますよ。

世間的にも、本当は他者は関係ないんです。

ですけど、人間いろいろありますから、まぁ3年もたったら次の再婚だって、新しい伴侶を公開したとしても、誰も文句言わないんじゃないでしょうか?

つまりこういうことってのは絶対的な常識ってないんですよ。

 

人としてどうだの常識ガー!って騒ぐ人ってのは

「自分の常識にあなたを当てはめたいだけなのです」

 

「人はどんな生き方をしてもよいのです」

 

ですから、

筆者自身はもっと時間が必要だったのですが、世間的には3回忌が終わったらそろそろ良いのではないかと思いますね。

世間的にも自分の気持的にも納得できて堂々と再婚に到れる年数というのは3回忌が終わったころだったら良いのでは? と考えています。

世間さまも「あの人もご主人(奥さん)が亡くなって3年も経ったんだから・・・」と納得してくれ応援もしてくれるかも・・・

 

あとは自分で、心の整理がついたかどうか? 

いくつか後片付けが済んでいるかどうか?

そこだろうと思うのです。(経験者大いに語る)

 

いま思うにはですが、正直に言えば世間様などというものは本当は関係ないのだ。自分がどう思うか? が最も重要なことで、世間様と再婚するわけでも世間様が心を癒やしてくれるわけでもない。

再婚のお相手がもっとも重要だ。と筆者は考えている。

そんな話をこのカテゴリーではしている。

ついでに再婚相手のさがし方や方法なども永いやもめ経験からも恋愛やもめ再婚なども紹介している。

 

そういう気持ちに、心持ちになれたということは、やもめの第3段階ですかね。

 

また、あの若い独身時代に戻ったこと。

体は年をとったけれど、また独身貴族に戻ったのだ。

ちょっとワクワクしてくるように自分の心に納得がいって、今後の自分の自生をどうするかの確信できるようになったらもう大丈夫、再婚でもなんでも突き進めばよいのです。

 

筆者は恥ずかしながらそうでした、猪突猛進、で突撃です。(突撃された方、終わってしまってごめんなさい。お幸せにね)そんな頃によく見てたっけ… ちょっと懐かしい思い出です。

 

まとめ:で、再婚したいやもめさんにお伝えしておきたいこと。

再婚するかしないか。

そこにはたくさんの都合があることでしょう。とにかく寂寥感が辛い。人肌が恋しいって場合だってありますよね。

人肌というのは、なにも夜の生活のことだけではなくて、手をつないでみるとか、思わずハグをしたくなる。そういう意味も含んでのことでありまする。

 

それにもしかしたら、再婚したい、には経済的な理由だってあるかもしれませんね。

 

良いのです。どんな理由であろうと良いのです。

大切なことはあなたが幸せになること。

幸せな人生を送ること。

 

それは故人の願いでもあるはずです。

窮屈な身体から開放され魂だけになった「あの人」にとっての願いでもあるはず。ちゃんと見守ってくれていますよ。

 

あなたの自由。

親戚のおばちゃんがどう言おうと再婚するもしないもあなた次第!!
私の言うことを信じるか信じないかはあなた次第!!であります。

気楽に行きましょうよ。

再婚したくなったらすれば良いし、相手を探したければ探せば良い。

恋人でも愛人でもはたまお友達からでも良いのです。

今の時代いくらでも手はあります。

 

年齢なんて気にしない。人生100年時代と言われますけどやっと半分過ぎたところ。あと何年、ではなくまだ何年、なのです。

 

 

 

[あとがき追記]

出会うためにすること

最近、ちょっとですよ。しばらくは再婚はもう良いかなって・・・再婚に慌てなくなったということでして、それこそ「いい人がいたら」「いい人、と思えるような人」を見つけたら突撃しますがね。

 

「人生、出会う人には必ず出会うようにできている」

「あなたが必要としているときに目の前に現れる」

 

だからこそ、少し肩の荷をおろして事が済んでまた背負いたくなったら背負えばよいのです。(そのときには少し軽くなっているはず)

 

探しに行けばよいのです。

ここ数年、眼を向けないようにしていた「あの人との思い出の場所」にでも足を向けてみればよいです。

「いつか行こうね」と云っていた初めての場所だって一人でもいいじゃないですか、行ってみればよいのです。

 

と考えていまして、そういうものだと思いますよ。

そこで、もしも誰かと出会ったときに一緒に人生を楽しむためにはどうするか?

 

その幸せの中にちょこなんと納まってくれて、好きなことをしていてくれるようなかたなら良いな・・・って。尊重したいな。

 

今までと同じ行動を繰り返していて違う結果を期待するほうがどうかしているのです。

 

何かを変えていかないと・・・

人が変われる状況として、どっかで書きましたけれど、

 

  • 時間を変える
  • 場所を変える
  • 付き合う人を変える

ということがあるそうです。

 

筆者も数年前に実行しましてそれまで住んでいた北の雪国から、東海地方に引っ越しました。でも、今度は仙台に惚れてまして・・・仙台と再婚しますかね。

ただ、いまは他のことに集中したいのでその気はないのです。

 

ま、最初はサラッと行きましょうよ。

そうなんです。ベタベタしたくないのです。サラッと活きたい?(十数年のうちの何回かの恋愛経験で思ったことです。)

出会いってそういうものじゃないですか?

出会って会話をしているうちにこう、ムラムラっとむくむくっと、、、心が踊ってくるのです。

 

そういう人とそういう時を一緒に過ごすことは、、、良いんでないですか?

 

特に一時期のように目の色変えて探しにはいかないけれど、たぶん、私が日々満足して生きていたら出会うときには出会うのだと思いますので。

 

 

一つの選択肢として

自分で探すこと、が基本です。

また、そういう行動がワクワクして面白いのです。

 

50才代から上の年齢って、なかなかないですし、サイトも少なかったのですが、

出会いも自分から行かないと、見たこともない向こうからはやって来ません。

 

 

最近は、50歳代の再婚が増えているそうで、その年代を対象としたWebサービスも増えてきていますよ。ちょっと書いておきますね。

 

で、死別後に再婚寸前までいった独り身Moaiとしては、あれこれと興味が湧いてしまった出会いや再婚の話専用にブログサイトを作っちゃいました(作るのはお手の物なので・・・)よかったら、どうぞ、もっとざっくばらんに書いてます。

 

出会いと恋愛、再婚がOKな1つの理由、寿命が伸び過ぎな件!
だから我々の年代は、当時の年齢でいえば40歳代くらいと考えてよいのだ。 まだまだ恋愛や結婚、再婚をすることに積極的あってよいのです。 しかし世の中にはそこに気が付けなくて「もう年だから」とこれからの恋愛や、結婚や再婚をあきらめている中高年が多い。 良いのだ。我々は出会いとか婚活活動を始めて良いのだ。


筆者の性格として、、、チャンスは逃しません(キッパリ!)

 

じゃぁね

 

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