看護師妻の田舎転職が困難だった思い出、コロナ時代はチャンスだろう

Moai思考・嗜好

いまナースという職業そのものから去る決断をするかたも多いらしい。という話題から思う。

 

おそらく私だったら、現職ナースである妻に転職を強く勧めたことだろう。

こういうときだからこそ、コロナ禍への対処が病院によって全く違うことになるわけで、もちろん厳重に対策を練り実施しているところだってあるはず、一種、運といって片付けるしかないような場合もあるでしょう。

 

しかし、それでも病院経営者による人災と言えてしまうような体制では、すべて個人で感染に対処しなければならないような病棟、職場もあったりするのだろう。

 

そのことを一番わかっているのはナース本人や医療スタッフの皆さんだろうなぁ、と思うのだ。

看護師だった妻の追憶をすると「もうちょっと頑張れ、あと少しだと思うぞ」と今は言いたいのだ。

 

 

そんなことが頭に浮かぶと同時にちょっと思い出が蘇ったので書いておきます。

 

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妻のナース職歴は短く・・・

 

彼女の最初の職場は埼玉県にある小児医療センターだった。

大きな看護婦寮があるところで、(そこによく潜り込んで泊まっていたので病院名は勘弁しておくれ、もしどこのことか分かっても沈黙で頼む)

 

当時はとても大きな病院だったと思う。

そういうところで彼女は看護師人生をスタートさせた。

看護師さんにとって職務経歴とは、とても大事なことですよね

どこどこに何年務めて、次にはここで・・・って、普通のサラリーマンだってそうですけど、専門職の人には命綱かもしれませんね。その職務に対しての熟練度を測る基準みたいなものです。

泣いて帰ってくる日々

小児病院というものは写真にあるように子供の病気に対処する病院だ。

病気を相手にするからには子供といえども治療看護のかいなく亡くなるお子さんも多い。

彼女にとっての最初の試練かも知れないが重症患者の病棟に配属されたらしく毎日のように亡くなる。

 

今では分かるのだけれど、「人は死ぬのである」

まだ若い彼女には、分かってはいても目の前で亡くなっていく子供の姿を見続けるのは精神的にきつかったことだろう。

ましてや看護師試験の受験対策の真っ最中に母親を亡くしているから心の整理もつかぬままに配属されているのだろうから余計かも知れない。

 

そんな毎日、泣いて帰ってくる彼女を見ていて私は早く辞めさせてやろうと単純に思っていた。若いってそういうことなのかもしれないね。

心根の優しい人間にはきつい仕事だ

心をすり減らすこともあるわけで人は慣れる。

または、一つの理(ことわり)を自分のものにしていくしかない。

それは「人は死ぬ」ということ、その理をもったうえで、できる限り安楽に安らかに逝くということを理解していくこと。そのサポートも含められた仕事だと納得する。

彼女もいつしかその考え方をいつしか手に入れた。

看護師としてのキャリアを絶ったのは私だった

いったん看護師になれたのであれば順調にキャリアを積んでいくことが大事なことだと思う。その職業柄、かんたんに辞めてしまってはもったいない。

それは、あなたがその職業であるならば、経験を積めば積むほどわかってくるのだろう、と思う。

 

特殊な作業をこなす特別な仕事であり、いまどき神聖な仕事とまでは言わないほうが良いのかもしれないが、少なくとも大多数の患者からは多大な感謝を受ける仕事だ。それはもしかしたら医師よりもだ。

 

筆者の入院経験は、まだ子供のころに歩道を自転車で走っていて乗り越えてきた車に突っかけられ頭に大けがをして1か月ほど入院したこと、つい最近の数年前に生涯抱えるっことになった持病のために緊急入院を余儀なくされた時の2回だけれど、医療スタッフ、とくに看護師さんには大変、大変×100回くらい感謝の念を持っているし、私事だけれどもしまた次に再婚をするようなことがあったならば看護師さんを選ぶだろう。と思えるくらいに憧れてもいる。

 

もし彼女がいまも健康でいられたなら、決してせっかく手に入れた職業から離れるようなことは勧めないし、どうやったらフォローしてあげられるのだろう? と一生懸命に考えたことだろう。

 

しかし、男女が夫婦になる、家庭を持つという当然ともいえる目的のために彼女は職を辞した。

人生は何かを取捨選択して生きていくものだけれど、おかげで子沢山な親にもなれたし、そのおかげでいまの私がいられるのは、彼女がいてくれたそのおかげだし、彼女も後悔はしていないのだろう、と思うことにしている。

 

彼女がいなくなって、今思うことはそういうことだ。

人の一生は短いということ。

できる限りやりたいことをやって生きていく。あとになって「たら」とか「れば」とか騒いだところで誰も助けてはくれん

 

 

もしも、続けてい「たら」という妄想でしかないけれど、続けさせてあげればよかった。という後悔だ。

もし彼女が私と一緒にならなければ彼女の人生はもっと良い方向にいっていたのかもしれない、とも思うけれど、ま、今更いっても仕方のないこと。(そんなことはとっくに分かっていてあえて書いていることは忘れないでいてほしいところ)

 

 

いま現在、ナースという職業についていて、現状に悩んでいる人がいるなら、ちょっと待って、もう1度良く考えて結論を出してほしいな、とこんな記事をしたためている。

職場は変えても仕事は辞めないで行くことが最善の道だと思っていて、またそれが可能な職種が看護師だ。

 

どんな職業でもクソな職場はクソなのだよ。組織というのは上のほうがダメならダメなのだ。下につく医療スタッフがいくら頑張っても一時的にはもつけれど、上がボーっとしていれば最後は全部だめになる。

 

政治家や官僚、マスコミその他、他者の所為にしかできない人々の業のようなものだし、あなたの組織の上の人も同じだ。 

 

いまの日本が抱える癌みたいなもの。

それでも日本が他国と違い、コロナ禍がいまの現状で留まっていられるのは、もともと臆病な国民性と下にいる者の頑張りで今の日本が支えられている。(臆病というのは悪いことではないよ)

と筆者は思うのです。

 

 

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コロナは今後も長い闘いで、人と人の接近を拒み続ける。

素人なりに考えてみると、このコロナ禍の時代はかなり永く続く。

それこそ体に摂取しただけでスッキリ完治してしまうようなワクチンができない限り、人と人の距離を遠ざけ続けることだろう。

そう考えれば当然、アフターコロナという言葉が生まれてきたことも納得できる。

 

 

テレビは連日、不安を煽るような話題ばかりだし、政治家はこの状況を利用しようと様ざまなことを好き勝手に言う。(今の政治家って「私ならば・・・」とは言わない。 誰彼が言ってますって、だから信用できないのよな)

 

正直を言うと、日本人は賢い、その結果が今の結果。 

でもいつまでたっても同じ思考法しかできないマスコミとか政治家とか、官僚とかね、その他の他者の所為にしかできない人々によって日本人も少しずつ劣化していくのだろう、退化といってもよいかも、そうなったときに他国のように崩壊が始まるのかもしれんなぁ・・・と思うんだよ。

 

それでも他者との接触をとにかく極端に減らすまたは完全に絶つことを求めるコロナという病気には、なにか神様仏様の意思が働いているのではないか? と考えてしまう。

 

医療システムから先に超進化が強要される時代

そういう時代に医療のありかたの変革、進化が強く要求される時代が一気に来てしまったのですな。

確かに医療関係スタッフはこれからが大変だ。

変革は急を要するわけだから、朝令暮改なんてのは当たり前の年月がしばらく続くだろうが、いまはまだアフターコロナの時代にまだ追いつけないだけだ、いずれ必ず追いつく。 そのときから肉体的には大変でも心のほうはだいぶ楽になる時代が始まるのだよ。

 

そんな時代のどんなポジションにいたいのか?

・・・と。

 

だから、看護師の転職は良い、でもその職から離れてはいけない。そう思うのだ。

 

転職は看護師に限らずこれからバンバン進むよ

進まなかったらそれは嘘、誰かが妨害しているのだよ。

間違いなくね。

 

これから必要なのはより良く働ける環境を創り上げた職場だ。

「託児所がありますぅ~」だけではない。

「ありますよ」だけではなく「これは、ありません」「それはできます」「できません」ということをはっきり主張できる職場が求められるのです。

 

労働力の流動性はさらに進む。

働き方もどんどん変わるし、医療の在り方も変わらざるを得ない。

そういう新しい世界を見ることが楽しみだ。

 

彼女はもういないけれど、いまでもこの仕事に従事する人にはなにかこう他人事ではなくて心を動かされるんだよね。今こういう時代だからこそ利用できるものはとことん利用して世の中を上手にわたっていってほしいな。と思うのです。

 

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いま、このコロナ時代を迎えて、転職を考えるナースは多いことだろう。

もし、妻が今も存命で、病院のコロナ対策への不満や待遇変化を私に愚痴るようなときがあったなら間違いなく場所を変えることをススメた思うのだ。

 

 

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