「転がる石には苔が生えぬ 」糖尿病を良い方向に向ける方法

私はこう置き換えたい。

 

転がる石には糖がつかぬ。

 

変かな。合っていないかな。

ま、いいや。

 

そうなの、生活習慣病の糖尿病のことをよく書いているわけで、当事者だからね。

書けるのよ。

病態の感覚って本人しかわからないのだよ。

たとえばここでは癌の話も書いているけれど、あくまでも癌になった妻の治療、療養生活を支えてきた思いだったり、体験からのアドバイス的な? そんな話でしかない。だから癌患者の家族の役には立つだろう。ということしか書けない、書かない、書きたくない。

なのだ。知識だけで知ったかぶりはしたくないのと、自信がない内容で書くとなにか心がモヤモヤしてしまう筆者なのである。

その辺は心に従いたい。

 

で、話を戻すとね。

「転がる石」ってのは具体的に動きなさいよ。ということなんです。

糖尿病って、まったく動かない大食漢の身体くんが肥満になりながらも一生懸命にインスリンを分泌して大量に吸収された糖を分解していたのにそれ以上食いまくっていたから破たんした身体。なんですな。

 

「もう処理しきれません!!!」

と身体が訴えてきて、

「あんた死にますよ」

って警告なわけですよ。

苔が生えたの。

もさもさと生えてしまったのよ。

 

 

もちろん、身体はあきらめていません。

インスリンだって通常の2倍もだして必死こいて頑張っているわけですよ。

涙ぐましいですよ。

可愛い我が身体♪

 

ちっとは、助けてやらないと!

ってなるのは人の情であります。

モアイは恋とか愛とかってよりも情のほうに魅力を感じるのです。

恋愛って言葉から続くのは愛情ですね。

恋→愛→情、なんですね。

 

もとい!

いままで好きなだけ酷使してきた身体にも愛情を注いであげないとね。

そういうことです。

 

勘違いしないで欲しいことは、身体を養生させるために安静にして動かさない。ってことじゃないです。

この病気の場合、内臓に負担がかかっているわけでしょ?

筋肉、衰えていません?

中身ばかり酷使して壊れてきているわけですから今度、その負担は、あなたの意思に委ねられたんですね。

 

食ってばかりで動かない生活習慣を変えていく。

この意思が必要なんですね。

 

「転がる=動く」ということ

「転がる」ということは「動く」ということなんです。

 

「動く」ということは、いままでの生活習慣を変える。ということ。

 

「よ~~~し、明日からジョギングするぞ!!」

てことではないよ。

急にそんなことできません。

私の場合なんて450ですよ。

もうね、栄養不足なんです。

フラフラです。

100mも歩けばハァハァで動悸息切れです。

 

言っておきますが若いころは新聞奨学生でした。

4階建ての団地なんてエレベータないです。それでも3棟か4棟だったと思いますけど一気に走り昇ってましたよ。

考えてみれば、そのころに貯めた体力貯金みたいなもので中高年まできたんですよ。

糖尿病って中高年が多いじゃないですか?

管理する側?だったり、椅子に座っている時間が多くなってきて起こるんですよ。

 

一種の職業病みたいなもんですよね。

 

だから、

動くんですよ。

いまの体力にあった動き方ですよ。

ジョギングじゃなくて、散歩で良いのです。

散歩が面倒だったら(寒いし・・・)職場でも家の中でも動くことを考えるんです。

それを1,2週間続けてみて血糖値の推移を観察していく。

 

そうすると何か具体的にわからなくても「なんか下がっている」ことが分かってくると嬉しくなってくる。

そこからが始まりです。

 

あれから、半年ほど、いろいろ試しました。

台所に立って1時間も立ちっぱなしで朝夕の食事を作る。(これがけっこう面白い)

近所の買い物は歩き、遠くても自転車で移動する。

 

椅子に座り過ぎない。

そうそう座りっぱなしだと足がね、疲れる(一種のエコノミー症候群なのだろう)

「違和感、きた~」と思ったら違う体勢にすぐに変える。

 

これだけ、、、

これだけです。

 

でも、ここに強く関与するのは「意思の力」

続ける、継続する。

これがもっとも重要。

「おれは病気だから・・・」と安静にばかりしていて、病院でもらったインスリン注射とか薬だけに頼っていたら、、、その後の人生、面白くなくなる。楽しめなくなる。

私、モアイはそう思いますよ。

おかげさまで、、、今では・・・

 

また追記します。

 

 

ではまたね。

頑張りや~

 

 

 

 

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